九州あちこち歴史散歩★唐津くんち・曳山(4)12珠取獅子 13鯱 14七宝丸           サイトマップ

唐津くんち・曳山(4)12番曳山・珠取獅子 13番曳山・鯱(しゃち) 14番曳山・七宝(しちほう)

唐津くんちの曳き出しの音声はこちらをクリックしてください。
 (1)曳き出し音声2・・・(5分10秒)




 
12番曳山・珠取獅子(京町)
 白い衣装の京町の登場です。



  12番曳山・珠取獅子(京町)
 市内を一周して西の浜に到着しました。この後曳き込みが始まります。



 
12番曳山・珠取獅子(京町)
 お旅所に曳き込まれて鎮座しています。緑、金、赤の取り合わせが鮮やかですね。



  12番曳山・珠取獅子(京町)
 夕方、曳き出しが始まりました。



 
12番曳山・珠取獅子(京町)
 曳き子の背中には大きな獅子が踊っています。



 
12番曳山・珠取獅子(京町)
 もう一息で曳きだされます。



 
12番曳山・珠取獅子(京町)
 珠取獅子も町の中へ去っていきました。



 
13番曳山・鯱(しゃち)(水主(かこ)町)
 紫の衣装の一団が現れました。



 
13番曳山・鯱(水主町)
 法被の背中には「鯱」の文字です。漢字の場合は町名にちなんだ文字が多いなかで数少ないパターンです。とても落ち着いたすばらしいデザインですね。



   
13番曳山・鯱(水主町)
 鯱が大きな目であたりを睥睨(へいげい)しています。



 
13番曳山・鯱(水主町)
 「私はどちらかというと、左顔のほうがかわいく見えるのよね」と鯱がつぶやいていました。



  13番曳山・鯱(水主町)
 夕方曳き出しが始まりました。
 紫色の地に砕ける波と「水」の字が踊ります。
 水主(かこ)町。先祖は玄界灘の荒海を乗り越えて活躍した海の男たちだったのでしょう。



  13番曳山・鯱(水主町)
 砂地にめり込んだ曳山を全員で必死に曳いています。



  13番曳山・鯱(水主町)
 前輪もかなり砂地にめり込み、台車の後ろは地面につきそうです。
 曳山の台車には、子ども、囃子方、台上りなど20人程乗っていますが、もちろん一人も降りません。そのまま曳き出さないといけません。昔、曳き手が少なかったときには、「二町曳き」で他の町内が協力して曳きださしたそうです。
 根綱、一番綱の若者もここが力を発揮する勝負どころなのでしょう。



  13番曳山・鯱(水主町)
 舗装道路では曳山の後ろをついて歩くだけでよかったベテラン勢も、ここでは交替で後ろを押しています。あと数メートルです。





  13番曳山・鯱(水主町)
 「エンヤ、エンヤ」の掛け声であと2,3メートルまで曳きだされました。



  13番曳山・鯱(水主町)
 鯱もみごとに曳きだされました。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 綱の先頭から全員江戸腹(腹掛け)姿です。人数も多く全員黒装束で迫力がありました。



 
14番曳山・七宝丸(江川町)
 子供たちも江戸腹姿です。子どもも全員肉襦袢を脱いでいたのはこの町内だけのようでした。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 市内を一周してきて、これから曳き込みが始まります。それにしても高い曳山ですね。まるで3層の建物のようです。



 
14番曳山・七宝丸(江川町)
 曳き込みを前に若者たちが一息入れています。この後、腕がしびれるほど全力で綱を曳く見せ場が待っています。



  14番曳山・七宝丸(江川町)の曳き込み
 お旅所のグラウンドの両側に7台ずつ並べるので、曳山の後部から曳き込みます。
 江川町は「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声です。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 台上りが必死に音頭を取ります。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 グラウンドの端に近づくと、だんだん綱では曳けなくなります。曳山の両側や後ろを大勢の曳き子で押しています。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 こうして午後1時半ごろ、14台の曳き込みが無事終了しました。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 西の浜のお旅所に14台の曳山が並びました。(こちらは東側の8番から14番の曳山です)。曳き込みが終わってから次に曳き出しが始まる3時ごろまでは、見物人は曳山の近くで自由に見ることができます。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 昼休みの間、お旅所は見物人の途絶えるときがありません。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 今にも天空高く舞い上がりそうな、生き生きとした青龍です。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 夕方、曳き出しの開始です。曳き込みの時は全員肉襦袢を脱いで江戸腹姿でしたが、今度は全員肉襦袢姿です。背中には青い龍が踊っています。帯は3色に分けられた斬新なデザインです。

 



 
14番曳山・七宝丸(江川町)
 台上りは上に1人、横に2人乗っています。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 清めの塩が撒かれ、根綱、伴綱などが必死に曳きながら指示を出しています。



 
14番曳山・七宝丸(江川町)
 もう一息のがんばりです。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 重そうな七宝丸もみごとに曳き出されました。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 お旅所で西向きに並んでいた曳山は、曳きだされる途中で徐々に南向きから最終的に東向きに向きを変えられます。ここまで来れば祭りの最大の難関であり、最大の見せ場である曳き出しも無事に終わりそうです。



  14番曳山・七宝丸(江川町)
 3時から始まった曳き出しも、午後4時半ごろ最後の曳山・七宝丸が西の浜から去っていきました。
 見物に集まった数千の人たちも、その場に残って余韻を楽しむ人、もう一度街中に行って走る曳山を楽しむ人など、それぞれの祭りの楽しみにひたっていました。

 4日は10時半から夕方4時半まで市内を一巡します。昼休みには唐津駅前に14台が並びます。
 夕方に市内一巡が終わると、今年の秋祭りも終わりを告げ、14台の曳山が多くの曳き子の感涙とともに曳山展示場に格納されます。

 私は2日の宵ヤマ、3日のお旅所神幸(曳き込み、曳き出し)を楽しみました。天気も良く、特に3日は秋晴れに恵まれ、百数十年昔に作られた「漆の一閑張り」の曳山がいちだんと秋空に映えました。曳山はそれぞれすばらしい造形で、いま見ても古さを感じないデザインです。
 曳き子もどこの町内も2、300人の子どもや若者がいて、それぞれの衣装で威勢良く曳いていました。他の地域では祭りに参加する若者が少なくなって祭りの存続が危ぶまれるケースもあると聞くなかで、14もの曳山をよくも毎年曳き出せるなあと、その町の若さ(毎年挑戦し続ける気持ちの若さも含めて)と唐津くんちを守っていこうとする心意気に感心します。これからもいつまでも続いて欲しいですね。
 江戸時代から続く、力のこもった一大絵巻を楽しむことができました。



 
   

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