九州あちこち歴史散歩★長崎くんち2009(3)宝船・七福神(鍛冶屋町)          サイトマップ

 長崎くんち2009(3)宝船・七福神(鍛冶屋町)

   中日(8日)の夜、鍛冶屋町の宝船に会いました。鍛冶屋町は宝船と七福神を奉納しているそうで、今日は別々に庭先回りをしていたようです。
 もちろん、宝船だけでもそのお囃子と祝い唄(掛け声)など十分楽しく、宝の帆のご利益でなにかいいことがありそうです。

 宝船(鍛冶屋町)の庭先回りの音声はこちらをクリックしてください。
  (1)宝船(鍛冶屋町)音声1・・・庭先回り(2分20秒)
  (2)宝船(鍛冶屋町)音声2・・・町内の氏神様への奉納と帰りの巡行(5分)





長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 登場

   夜の街に鍛冶屋町の宝船が姿を現しました。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 町の氏神様への奉納
 8日の夜、宝船は町内の氏神さまにこの日最後の根曳唄(掛け声)を奉納していました。




 大きな「宝」の文字を掲げた帆が照明に照らされて光り輝いています。金銀さんごや財宝の目録(?)も飾ってあり、これだけでなにか縁起のいいことが起こりそうです。
 舷側には提灯が下げられて、だんだん明るさを増し、祭りの風情を盛り上げています。
長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 町を進む



長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   夜になっても船回しなどの演技が続きます。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   一日の奉納が終わり、船の小屋に帰りつきました。7年ぶりの奉納もあと一日を残すのみです。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 囃子方の記念撮影

   9日の午後2時頃、宝船の一行に長崎歴史文化博物館で会いました。
 宝船の一行も遅い昼休みが終わったとみえ、みんなで記念撮影をしていました。こちらもそれに便乗して一枚パチリ。
 このグループは囃子方の子供たちと付き添いのお母さん達です。お母さんは「子どもが3日間も頑張れるかしら」と心配しますが、いつも先にあごを出すのはお母さんと相場が決まっているようです。
 他に、役員、采振、根曳衆、しゃぎり、先曳衆、付き添いなど、多数の人が関わって踊り町の奉納が進行します。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神登場

   鍛治屋町の演技が始まりました。七福神と三味線の一行が登場です。きのうの夜の庭先回りでは、宝船にだけ出会いました(別々に回っているようです)ので、七福神は初めて見ました。踊りと船の両方を奉納する鍛冶屋町の意気込みも大したものです。
 七福神は、左から、恵比須天、福禄寿、布袋和尚、弁財天、寿老人、毘沙門天、大黒天のようです。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神の踊り

   三味線の音に合わせて踊りが続きます。踊り子は6月1日の小屋入り(練習開始日)から、どの踊り町でも、藤間流や花柳流の師匠の指導を受け、あるいは長崎検番や舞踊会の応援を受け、踊りの稽古に励んでいるそうです。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神の踊り

   見物人を楽しませてくれる、楽しい踊りでした。
 踊りも見事ですが、三味線の人たちのなんと姿勢のいいことでしょう。何日も街中を歩き回り、今日は三日目です。しかし疲れも見せず、みんな背筋を”ピン”と伸ばして立っています。これがプロ根性ですね。さすがに立派。
 ひょっとしたら、数十年後にはこのように背筋を”ピン”と伸ばした姿勢のいい人は、日本では滅多に見かけられなくなるかもしれませんね。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 演技の開始

   宝船の演技が始まりました。最初の挨拶です。
 全員きれいに揃った姿勢が見事です。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   采振(さいふり)4人と長采(ながざい)1人の計5人で演技の采配を振るいます。采振4人が四隅を固め、長采が前方中央に立ち、手に持った旗で根曳衆に合図をします。船を前方に全力で急発進させ、長采の直前で急停止させます。次には同じように船を後退させ、これを数回繰り返します。
 船の中の囃子方の子供たちは、演技の間もお囃子を続けます。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   前進、後退の一連の演技が終わると、祝い唄(お囃子と掛け声)を唄います。何ヶ月も発声の練習を駆り返すそうです。ほんとうに全員の姿勢が揃っていてきれいですね。




長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   今度は船をぐるぐる回す「船回し」が始まりました。車輪がギーギーときしみます。道路面にもこすれた跡がくっきりと残ります。船回しのときは采振も走り回ります。
 前後に進むように据えられた車輪を、横に動かそうとするのですから、物理学の運動の法則には反しているようです。横車を通す人は嫌われますが、この横車は歓迎です。20人前後の大人が大汗をかいて船を横に回し、観衆はその力強さにやんやの喝采を送り、日頃の鬱憤を吹き飛ばし、宝船に元気をもらいます。そしてまた明日からの毎日をがんばろうというエネルギーが湧いてくるのです。これが祭りが人を引きつけるゆえんでしょう。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   采振の合図に合わせて、船回しの力のこもった演技が続きます。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 祭りを支える長老
 商店街で宝船の一行を率いる役員さんです。さすがに、何十年にも渡って長崎くんちの祭りを守り育ててきた貫禄があります。



長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神

   浜市アーケードに七福神を乗せた宝船が現れました。舳先には、先程見た金銀さんごの飾りの代わりに美しい七福神が乗っていてにっこりと微笑み、こちらの方が間違いなくご利益がありそうです。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神

   七福神もいっしょに庭先回りを行いながら進んでいます。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 付添いの一行
 踊り町の出し物には、本踊にも船にも、提灯を持った一団がついて回り、祭りの雰囲気を高めていました。




 我輩は長崎っ子のワン太郎ですたい。
 毎年お諏訪さんが近づいて、子供たちのお囃子の稽古ん音ば聞こゆっごつなっと、心が浮き浮きしてきますばい。
 後日ん夜はやっぱし浜市アーケードば来て、熱気あふるっ最後ん演技ば見んことにゃ気がすみまっしぇんですたい。
 ハレの日ですばってん、我輩も紋付の羽織に袴の正装で見に来ましたです。家に帰ったら祭り料理のご馳走が待っとるとです。最近は家族といっしょん料理ば作ってもろてるばってん、ほんのこつ言えば肉つきの骨の方が好きですたい。
 踊りばいつまでん見ていたいような、早う帰ってくんち料理にかぶりつきたいような、なんとも複雑な気持ちですたい。
 毎日が祭りならいいのになあ。

長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 熱烈な祭りファン犬



長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 商店街での演技

   浜市アーケードは、特に後日(最終日)の7時を過ぎると、最後の熱演を見ようとする祭り好きのファンが集まり、東京の渋谷駅前にも負けない人込みです。(まあ、この区画だけの話ですが・・・)


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 商店街での演技

   交差点の人込みをなんとか広げて、かろうじて演技ができるだけのスペースを作り、七福神の踊りが始まりました。四方の道路にはずっとむこうまで、お囃子や祭りの雰囲気を楽しもうとする人でいっぱいです。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神の踊り

   集まった数千人の観衆から、拍手喝采とアンコールの声がこだまします。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 七福神の踊り

   七福神はアンコールに何度も応え、3,4種類の踊りを見せてくれました。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   次に宝船の演技です。根曳衆の掛け声がこだまします。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 船回しの演技

   前進、後退、船回しなど、熱のこもった演技が続きます。観客の応援も盛り上がります。


長崎くんち・宝船七福神(鍛冶屋町) 最後の演技

   観客の幸せを祈って祝い唄が続きます。
 宝船も観客のアンコールに応え、4回ほど演技を繰り広げてくれました。
 30分にもわたった大熱演も、夜8時半ごろついに終了しましたが、私は宝船を十分楽しむことができました。



   

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