九州あちこち歴史散歩★博多祇園山笠2014・飾り山笠(5)17天神一丁目・番外櫛田神社   サイトマップ

博多祇園山笠2014・飾り山笠(5)17天神一丁目・番外櫛田神社

  次の飾り山笠を紹介します。

◎十七番山笠 天神一丁目・・表「藤太百足退治勇」 見送り「鞍馬山」
◎番外    櫛田神社・・・表「男毛剃之心意気」 見送り「倭建東征走水譚」




十七番山笠 天神一丁目・・表「藤太百足退治勇」  見送り「鞍馬山

 表「藤太百足退治勇」(とうたむかでたいじのいさおし)  人形師 中村信喬

2014飾り山笠・天神一丁目・表「藤太百足退治勇」



2014飾り山笠・天神一丁目・表「藤太百足退治勇」説明図

舞台は近江国(滋賀県)三上山

登場人物は右側に朱雀天皇、竜神一族の娘
大百足。
左側に藤原千常、藤原千晴、俵藤太(藤原秀郷)
です。


2014飾り山笠・天神一丁目・表「藤太百足退治勇」説明文




2014飾り山笠・天神一丁目・表「藤太百足退治勇」の俵藤太

大百足を退治した俵藤太(後の藤原秀郷)。


2014飾り山笠・天神一丁目・表「藤太百足退治勇」の大百足

 珍しく大百足が登場しました。
 実物を見た人は少なくなっているでしょうね。とんぼやめだかが減少していくのは困りますが、毒虫は人の近くにはいないほうがいいです。
 ゲジゲジなどと同様に足が多く気味の悪い生き物ですが、人間は足が二本だけでよかったですね。
 でないと、靴の買い替えにいつも五十足買わないといけないので、孫たちにナイキなどのブランド物をせがまれたら我が家の家計は破産してしまいます。
 また、60歳を過ぎるとたった二本の足でさえ動きがおぼつかなくなってすぐ転んでしまいますが、百本も足があったらどう動かしていいのかわからなくなって動きがとれなくなくなるのは必定です。
 左手で上下の2拍子の動き、右手で三角形の三拍子の動きを同時に行うのさえ結構むずかしいのに、左右で百本の足をからまないように動かせといわれても・・


 見送り「鞍馬山」(くらまやま)  人形師 白水英章

2014飾り山笠・天神一丁目・見送り「鞍馬山」



2014飾り山笠・天神一丁目・見送り「鞍馬山」の説明図


 舞台は京の都の鞍馬山
 登場人物は右側に藤原秀衡、大天狗

 
左側に武蔵坊弁慶、烏天狗、牛若丸(源義経)です。 


2014飾り山笠・天神一丁目・見送り「鞍馬山」説明文




2014飾り山笠・天神一丁目・見送り「鞍馬山」の牛若丸

牛若丸(後の源義経)。
京の五条大橋で強そうな武士を打ち負かし刀を999本集めていた弁慶を、鞍馬山で修行を重ねていた牛若丸が打ち負かしました。





2014飾り山笠・天神一丁目・見送り「鞍馬山」の武蔵坊弁慶

五条大橋で義経に敗れた武蔵坊弁慶は、その後一生、義経を守りました。


2014飾り山笠・天神一丁目・見送り「鞍馬山」の大天狗

鞍馬山の大天狗。手に持っているのは、天狗のうちわの「ヤツデ(八つ手)」でこれを使って仙術を行います。
「八つ手」だから葉っぱはすべて8枚と思うでしょうが、さにあらず、7枚、9枚などの奇数が多いそうです。
 本家の京都の鞍馬寺の寺紋や降魔扇は11枚。天狗で有名な関東の下北沢・道了尊や小田原・最乗寺、筑波山・加波山神社、鎌倉・建長寺の天狗のうちわは9枚。岐阜県美濃加茂市の日本一大きな天狗像のうちわは7枚です。


番外 櫛田神社・・表「男毛剃之心意気」  見送り「倭建東征走水譚」

 表「男毛剃之心意気(おとこけぞりのこころいき)  人形師 亀田 均

2014飾り山笠・櫛田神社・表「男毛剃之心意気」



2014飾り山笠・櫛田神社・表「男毛剃之心意気」説明文

人形浄瑠璃「博多小女郎波枕」の物語です。


2014飾り山笠・櫛田神社・表「男毛剃之心意気」の毛剃九右衛門

海賊の毛剃(けぞり)九右衛門


2014飾り山笠・櫛田神社・表「男毛剃之心意気」の遊女・小女郎

博多柳町の遊女・小女郎


 見送り「倭建東征走水譚」(やまとたけるのとうせいはしりみずのだん)  人形師 今井洋之

2014飾り山笠・櫛田神社・見送り「倭建東征走水譚」

 右側に父の景行天皇、倭建命(やまとたけるのみこと)
 左側に伊勢神宮巫女(叔母)の倭比売命(やまとひめのみこと)、妻の弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)


2014飾り山笠・櫛田神社・見送り「倭建東征走水譚」説明文



2014飾り山笠・櫛田神社・見送り「倭建東征走水譚」の倭建命

草那芸剣(くさなぎのつるぎ)を持つ倭建命

草那芸剣(=草薙の剣・天叢雲剣)の変遷(古事記などの神話のお話です。)
それぞれの場面にドラマがあります。

(1) スサノオノミコトが退治したヤマタノオロチの尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を見つけ、天上界の姉アマテラスに献上した。(後に宮中の三種の神器の一つになります。)
(2) 天孫降臨の際にニニギノミコトに渡された。
(3) 天つ神が地上を治め、しばらく八咫鏡(やたのかがみ)とともに宮中に置かれた。
(4) 天災疫病が続き、宮中に置くのは良くないとの託宣があり、伊勢神宮内宮に移した。
 (アマテラスを祀った神宮はそれまでに数十年かけて近畿などの27箇所を移り(元伊勢)、ようやく伊勢の五十鈴川のほとりに霊地を見つけそこに留まった。)
(5) ヤマトタケルが東征の旅に赴く途中伊勢神宮に立ち寄り、ヤマトヒメから渡された。
  ヤマトタケルは伊勢神宮の巫女である姉(叔母とも)のヤマトヒメ(倭姫)に「父(景行天皇)は私に死ねというのか」と難業を嘆き、姉は「危ないときにはこれを使いなさい」といって宝刀を渡した。
(6) 駿河国で敵から火攻めにあったヤマトタケルは、まわりの草を切り払って助かった。(焼津の地名の起こり)
  これにより「草薙剣(クサナギノツルギ)」ともいわれるようになった。
(7) 東征の帰途、ヤマトタケルは剣を尾張国の姫に預け、伊吹山の悪神を退治に行ったが病を得、能褒野(のぼの)の地で亡くなった。白鳥となって空高く飛んでいった。
  残された剣を祀るため熱田神宮が建てられた。
(8) 平家が壇ノ浦で滅んだとき、按察局(あぜのつぼね)が8歳の安徳天皇を抱き、二位の尼(平清盛の妻)が宝剣(天叢雲剣)を抱いて「波の下にも都がございます。」と入水した。(二位の尼が天皇と宝剣を抱いて入水した、と記した本もある。)
  こうして宝剣は失われた。(歴史書「吾妻鏡」には「(三種の神器の)鏡と勾玉(まがたま)はあるが、剣は紛失した」との記載がある。)

 なお、伊勢神宮、熱田神宮には本物の鏡、剣があり、宮中に置いてあったのは儀式に使う模造品であったとの説、宮中と熱田神宮にあった草薙の剣はもともと別のものが存在していたとの説などいろいろあります。
「平家物語」では、ヤマタノオロチが安徳天皇となってスサノオに奪われた剣を取り戻したのだという壮大な発想になっています。


2014飾り山笠・櫛田神社・見送り「倭建東征走水譚」の弟橘比売命

海の神を鎮めるためにわが身を犠牲にした倭建命の妻・弟橘比売命。




   

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