九州あちこち歴史散歩★博多祇園山笠2014・舁き山(一番〜七番山笠)        サイトマップ

博多祇園山笠2014・舁き山(一番〜七番山笠)

  博多祇園山笠の舁き山(かきやま)を紹介します。

◎一番山笠 土居流「武昌太平楽」
◎二番山笠 大黒流「千年契」
◎三番山笠 東流「四神守天而人護郷土」
◎四番山笠 中洲流「猩々酒宴壽」
◎五番山笠 西流「牛若丸」
◎六番山笠 千代流「真紅兵貫義」
◎七番山笠 恵比須流「我者博多総鎮守」

 舁き山はほとんどの流(ながれ)で、毎年建てられる小屋の場所が変わります。各流は十前後の町で構成されており、年ごとに担当町が移っていくので、その担当町内に小屋が建てられるからです。(東流、中洲流は同一場所)
 舁き山笠は7月1日から建てられている流(千代流、中洲流など)もありますが、7日、8日に建てる流もあり、8日にはすべて揃うようです。
 今年は7日頃に大型台風が九州を襲うとの予報で、5日に訪れたとき舁き山はどこも山小屋から近くの安全なビルの駐車場などに避難していて、探すのに例年よりも時間がかかりました。




一番山笠 土居流・・「武昌太平楽」(ぶしょうたいへいらく) 人形師 中村信喬

2014舁き山・一番山笠土居流「武昌太平楽」

人形師の内容説明
 武昌太平楽とは舞楽の曲名で左方舞と言われる唐額に含まれ太食(たいしき)調の四人での弐の舞である。
 番舞(つがいまい)は《陪臚(ばいろ)》《万歳楽(まんざいらく)》とともにめでたい曲として天皇の即位式に奏されてきました。中国風に武装した豪華な出立(いでたち)で舞う。面はつけず、甲をかぶり、鎧をつけたうえに肩喰い(かたくい)(木製の獅子頭を模したもの)を肩に、帯喰い(おびくい)(木製の木の面)を帯の全面につける。さらに魚袋(ぎよたい)(木製の魚)を肩から全面にさげ、篭手(こて)、脛当(すねあて)をつけ、胡月(やなぐい)(矢を納める入れもの、ただし矢は逆に入れ、平和のシンボルとする)を背負い、太刀を腰に収め、鉾を手に舞う。
 国土安泰、雅音成就を祈る。煌びやかな豪華衣装に勇壮な舞の様を表現しております。


2014舁き山・一番山笠土居流「武昌太平楽」




2014舁き山・一番山笠土居流の舁き山小屋

 地図に記された地点の辺りを2,3周して見つけた舁き山笠の小屋は空っぽで、たくさんのパイプで補強されていました。どこも台風の対策に大変なようです。見物する側も移してある場所を見つけるのに苦労して、舁き山を見つけるのにさらに町の周囲を2,3周しました。
 もっとも雨の心配はなかったので、博多の古い面影を残している町の路地を歩き回るのは楽しい散歩になりました。


二番山笠 大黒流・・「千年契」(せんねんのちぎり) 人形師 宗田智幸

2014舁き山・二番山笠大黒流「千年契」




2014舁き山・二番山笠大黒流「千年契」説明文




2014舁き山・二番山笠大黒流「千年契」の豊臣秀吉




2014舁き山・二番山笠大黒流「千年契」説明文




三番山笠 東流・・「四神守天而人護郷土」(ししんはてんをまもりてひとはきょうどをまもる) 人形師 白水英章

2014舁き山・三番山笠東流「四神守天而人護郷土」




2014舁き山・三番山笠東流「四神守天而人護郷土」説明文




2014舁き山・三番山笠東流「四神守天而人護郷土」の青龍




2014舁き山・三番山笠東流「四神守天而人護郷土」の見送り






四番山笠 中洲流・・「猩々酒宴壽」(しょうじょうしゅえんのことぶき) 人形師 溝口堂央

2014舁き山・四番山笠中洲流「猩々酒宴壽」




2014舁き山・四番山笠中洲流「猩々酒宴壽」説明文




2014舁き山・四番山笠中洲流「猩々酒宴壽」




五番山笠 西流・・「牛若丸」(うしわかまる) 人形師 今井洋之

2014舁き山・五番山笠西流「牛若丸」

人形師の内容説明
 御存知、牛若丸は源義経の幼名です。
 父は源義朝、母は絶世の美女として誉れたかき常盤御前。牛若丸はこの二人の九男として生まれましたが、父義朝が平治の乱で敗死したため、幼くして京都の鞍馬寺に預けられました。幼少の頃より武芸に励み、多くの書に親しんだといわれています。成長の後、奥州平泉へ下って藤原秀衡の庇護をうけ、さらに文武に磨きをかけました。この間は伝説が多いのですが、史実に現れるのは二十二歳のとき。兄頼朝の平氏打倒に呼応し、一の谷、屋島、壇ノ浦の合戦で知略をもって功名をたて、平氏滅亡の立役者となりました。
 しかし、頼朝の許可なく官位を受けたことや合戦時の独断専行などが兄の怒りを買い、朝敵となって落ち延びた奥州で自決し、三十一歳という若さで非業の死を遂げたのでした。
 その生涯は世人の同情をひき、判官轟肩という言葉や多くの伝説や物語を残しました。牛若丸時代に京の五条の橋上で弁慶を懲らしめ、家来とした話はあまりにも有名です。
「栴檀は双葉より芳し」。幼いころから才気にあふれ、時代の転換期を切り開いた好男児”牛若丸”。自らの信念を貫き通したその勇気と清々しさは、混迷を続ける現代にふさわしく、標題と致しました。


2014舁き山・五番山笠西流「牛若丸」見送り




2014舁き山・五番山笠西流「牛若丸」見送りの天狗




六番山笠 千代流・・「真紅兵貫義」(しんくつわものぎをつらぬく) 人形師 川崎修一

2014舁き山・六番山笠千代流「真紅兵貫義」




2014舁き山・六番山笠千代流「真紅兵貫義」説明文




2014舁き山・六番山笠千代流「真紅兵貫義」




七番山笠 恵比須流・・「我者博多総鎮守」(われははかたそうちんじゅ) 人形師 亀田均

2014舁き山・七番山笠恵比須流「我者博多総鎮守」




2014舁き山・七番山笠恵比須流「我者博多総鎮守」説明文




2014舁き山・七番山笠恵比須流「我者博多総鎮守」





   

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