九州あちこち歴史散歩★博多祇園山笠2013・山笠風景(2)西流の流舁き      サイトマップ    

博多祇園山笠2013・山笠風景(2)西流の流舁き

   10日の午後3時ごろ、西流の舁き山を見物に行きました。
 今年は冷泉町が担当町で、櫛田神社や博多町屋ふるさと館の近くに舁き山が建っていました。
 午後5時から「流舁き」が行われ、櫛田神社の清道旗を回る「櫛田入り」を行った後、西流の各町内を舁いて回ると聞いたので、それを見ることにしました。




西流の舁き山笠の「前走り」の子どもたち

 西流の各町の子どもたちが流名や町名を書いた「招き板」を持って、櫛田神社の境内にやってきました。


西流の舁き山笠の流舁きの櫛田入り

 続いて「蘭陵王」の舁き山笠の櫛田入りです。
 みごとな舁き山です。古代中国の故事や覇王の人形を見るとアジアの歴史にまで興味が広がります。

 台上りは舁き棒に直接座っています。私は今まで、「追い山笠」や「集団山見せ」しか見たことがなかったので、台上りはいつも人形が乗っている天板(枝折(しおり))の縁に3人(1人の場合もある)横に並んで腰掛けるものとばかり思っていました。


西流の舁き山笠の流舁きの櫛田入り

 見送り側もやはり台上りが舁き棒に直接腰を下ろしています。台上りも楽ではありませんね。
 翌日早朝からの朝山では子どもたちも乗せて町内を舁くので、今夕の流舁きが終わった後に、枝折の竹垣に手を加えて前後に40センチくらいの腰を下ろせるスペースを作るのでしょうか。


西流の流舁きの「前走り」の子どもたち

 櫛田入りを済ませた後に、西流の域内の町々を舁いてまわります。
 各町の年長の子どもが交替しながら「招き板」を掲げて走り、子どもたちも全員腰に舁き縄をつけています。


西流の流舁きの「前走り」の子どもたち

 「前走り(先走り)」の子どもたちが走っていきます。
 きのうは全員で「お汐井取り」でしたが、今日からは連日「前走り」で舁き山の前を走ります。


西流の流舁きの「前走り」の子どもたち

 「勢い水」でびしょ濡れになりながら、みんな元気に走っていきます。


西流の流舁きの「前走り」の子どもたち

 家族連れでしょうか。頭に巻いた手拭の色が違うので、隣町の友だちもいっしょのようです。
 みんなで助け合って走る姿も、ほほえましいですね。





西流の「蘭陵王」の流舁き

 子どもたちの後ろから舁き山笠がオイサッ、オイサッの掛け声とともに姿を現しました。


西流の「蘭陵王」の流舁き

 前方中央から交替の舁き手が潜り込んでいっています。走って進んでくる舁き山笠の舁き棒の狭い間を、足を絡ませながら入っていきますが、絶対転んではいけません。私はこの前方中央から飛び込んで行くのが、一番恐くて経験と度胸が必要だと思うのですが、どうなのでしょうか。(両側のそれぞれ二本の舁き棒には、横から入っていく。)


西流の「蘭陵王」の流舁き

 舁き山笠を舁いて走るのは今日が最初です。みんなの持ち場や交代の要領などを確かめながら走っているのでしょうね。


西流の「蘭陵王」の流舁き

 台上りは今日はまだ「てっぽう」は持たずに、舁き縄で指示しています。


西流の「蘭陵王」の流舁き

 舁き手が頭を下げているのは、スピードを出すための基本的な姿勢だと聞きました。
 舁き棒に腰を下ろしている台上りも楽ではありませんね。(走りながら交替していきます。)
 舁き手も次から次へと交替していきますが、ちょっとでも気を抜くわけにはいきません。(中央下や横側の後ろで交替中です。)
 台上りも、舁き手も交替は大変です。
 こうして、いろいろ大変なことをみんなで守ることで、772年の山笠の伝統が続いているのですね。


西流の各町ごとの水法被

 西流は、冷泉上、冷泉下、店屋町、綱場町、奈良屋町などの町ごとに異なる水法被や鉢巻で、背中に町名を染め抜いています。粋ですねえ。




   

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