九州あちこち歴史散歩★風治八幡宮・川渡り神幸祭(2)                   サイトマップ

風治八幡宮・川渡り神幸祭(2)

  田川の位置する筑豊地域はこの100年間、わが国のエネルギー政策のうねりに翻弄されてきました。
1900年(明治33年)に三井田川鉱業所が設立され、周辺の豊富な炭田を目ざして全国から人が集まり、やがて人口も10万人を超え、筑豊最大の炭都へと発展しました。
しかし1950年代後半ごろから世界的に石炭から石油へのエネルギー革命が起こり、筑豊の象徴であった三井田川鉱業所も1964年(昭和37年)ついに閉山し、人口も最盛時の半分近くまで減ってしまいました。
仕事がなければ当然若者も減っていきます。
川渡り神幸祭においても担ぎ手が集まらず、神輿を台車に乗せて曳き、それに供奉する山笠(ヤマ)もわずか2,3基という危機的状況に追い込まれたそうです。
(若者が減って中止に追い込まれたり、規模を縮小している祭りが地方では多いようです。)
ここで田川青年会議所の若者たちが中心になって「みこしをかつぐ会」を発足させ、町の復興につながる祭りの存続に立ち上がり、各地区の若者たちもそれに呼応し、復活する山笠もだんだん増え、現在11基が参加する祭りとなって賑わいを取り戻しています。
自治体も町の産業構造の転換に向けて、企業の誘致や大学の設立などに取り組み、町の復興・自立を目指して努力しています。



  第九番山笠 下伊田
見上げると、幟旗やバレンの美しさが目にしみます。



  第七番山笠 大通り
大通りの山笠はドライアイスなどを使って観客を楽しませてくれました。



  第七番山笠 大通り
昔は山笠の舞台で踊る踊り山笠が多かったが、現在では幟山笠がほとんどで、川渡りに参加している山笠はすべて幟山笠とのことです。これは踊り山笠はガブリができないため、ただ曳くだけになり動きに変化がつけられないためと、踊りができる子供たちが減ったためのようです。



  第七番山笠 大通り
山笠に乗っている右側の指揮者(カンカン帽をかぶっている)はいったいどなたでしょうか。みんな知っている人です。



  第七番山笠 大通り
元横綱の貴乃花親方が参加されていました。
田川とは先代双子山親方時代から縁があり、今年(2010)12月には田川で大相撲田川場所(双子山親方の追善興行)が行われるそうです。
親方には相撲界に、現役時代と同様に爽やかな風を巻き起こして欲しいですね。



  第八番山笠 下魚町
山笠の中には5人前後の囃子方が乗っていて、一時の静寂時以外はずっとお囃子が演奏されています。



  第八番山笠 下魚町
あちこちに移動しながらガブリを行っています。



  左:第八番山笠 下魚町、中央:第九番山笠 下伊田
川の中も山笠が密集してきました。それぞれの役員が他の山笠とぶつからないよう懸命に誘導しています。



  中央は第九番山笠 下伊田。
山笠が重なり、バレンや幟旗がいっそう美しく、青空に輝きます。



  第九番山笠 下伊田
多くの山笠が川に入り、川の中も賑やかになってきました。



  第十番山笠 三井伊田
重さ4トンもある一番大きな山笠です。



  山笠の中では、鉦、太鼓、(山笠によっては笛が加わります)のお囃子がずっと演奏されています。
お囃子の曲や鉦の叩き方などは、町によってそれぞれ異なるそうです。





  第十一番山笠 栄町
第二番山笠の橘地区と同様、上半身裸で練っています。



  第十一番山笠 栄町
午後4時半ごろから競演会になり、全11基が並んでガブリを行います。
その後、神輿から上陸を始めます。
残っている山笠は相手を替えながらガブリの競争を行い、川筋男の筋力と気力を競います。
やがて山笠も順番に上陸を開始し、お旅所に向かいます。



上陸、お旅所へ
全員が山笠に取り付いて、対岸の坂道を押し上げています。
以前は土の道で、雨の時などには車がすべって難儀したそうです。



  第十番山笠 三井伊田
山笠の中で最大で、全長8.5メートル、全幅3メートル、総重量4トンだそうです。重たいだろうなあ。



  第十一番山笠 栄町
お旅所の広場で最後のガブリを行っています。



 
 
第九番山笠 下伊田
頑丈な車輪が取り付けられています。
2〜4トンもある山笠の前後を上げ下げしてガッツン、ガッツン地面にぶつけるガブリは、車輪が壊れるか、地面が壊れるかのどちらかだと思える激しさです。
以前、博多どんたくに参加したときに、博多の町の道路が損傷して顰蹙(ひんしゅく)を買ったそうですが、それも当然だろうなと思える程の衝撃の強さです。
山笠に乗っている指揮者や屋根の上の人、特に中の囃子方の尾てい骨は大丈夫でしょうか。



 
 
第十一番山笠 栄町
お旅所に着いて最後の演技です。ガブリなどを行いながら、定められた場所に並べます。



  第十一番山笠 栄町
バレンや五穀豊穣を願った5色や7色のものが作られ、山笠によって異なります。



 
 
第二番山笠 橘
お旅所で提灯が取り付けられました。



  第十一番山笠 栄町
ここにスサノオノミコトの霊が宿っています。



 
 
第六番山笠 川端町
すでに灯されています。
それぞれの山笠の指揮台に子供たちが乗って楽しそうに遊んでいました。各地区の役員もみんなそれを許していました。子供たちにはいい思い出になることでしょう。もちろん大きくなったら担ぎ手に参加してくれるでしょう。



  お旅所に着いた山笠は11基が広場に並んで、それぞれに提灯が飾られ、夜は優雅な姿を見せてくれます。



  お旅所の風治八幡宮にお参りする人の流れがいつまでも絶えません。
暗くなってからは山笠に灯がともり、両岸の夜店もさらに賑わいます。
祭り会場ではかがり火が焚かれ、太鼓の演舞や踊りなどの芸能祭が行われます。

一旦途絶えかかった祭りを、若者が中心になって数十年かけて再興し、これだけ多くの山笠が参加するまでになったその尽力には頭が下がります。多くの町や村で祭りを昔のように賑やかなものにしようと努力していますが、現実には非常にむずかしいのが実情です。
川渡りに参加する山笠がこれから数十年さらに経験を重ね、山笠の指揮台や屋根上のリーダーたちの所作振舞いや全員の動きなども洗練されていき、それぞれの山笠ごとに独自の所作などができてくると、見るものはさらに楽しくなるでしょう。
美しい幟旗やバレンを揺らしながら勇壮に練り歩く川渡り神幸祭を、私はゆっくり楽しむことができました。


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