九州あちこち歴史散歩★飯塚市 筑前いいづか雛のまつり(2)             サイトマップ

飯塚市 筑前いいづか雛(ひいな)のまつり(2)

   旧伊藤伝右衛門邸には約20ほどの部屋がありますが、ほとんどの部屋に珍しいもの、美しいものなど1,200体もの雛人形が飾ってあります。
 大半は飯塚市の人形研究家、瀬下麻美子さんが収集されたものだそうですが、これに市民が寄贈した人形が加わり、「座敷雛」をはじめ、各部屋にさまざまな人形が展示されていました。



 玄関では古今雛(こきんびな)が見学者を迎えていました。



 玄関の古今雛の男雛。上品な顔立ちですね。
 古今雛は江戸時代の明和年間(1764-1772)に作り始められました。



 玄関の古今雛の女雛。
 頭には天冠をつけています。


浦島雛


 上段に乙姫様と亀に乗った浦島太郎が飾られています。


貝合わせ(貝覆(かいおおい))
 貝を伏せておいて同じ絵柄の貝を探します。遊び方は少し違うようですが平安版神経衰弱ですね。全部で360枚の蛤の貝を使うそうです。



 立像の菅原道真公です。


皇女和宮(かずのみや)の雛人形
 幕末の激流に翻弄され、江戸幕府により強引に許婚との仲を引き裂かれた悲運の皇女です。




皇女和宮雛
 明治初めに作られた人形でしょうか。






薬玉(くすだま)
「薬玉は端午の節句に伴うもので、五色の糸で菖蒲や蓮を貫いたものでした。同じ五節句の雛の節句にも取り入れられるようになり、御殿飾りや壇飾り多く見られる桜・橘を薬玉に見立てて飾ることもあります。」


明治天皇雛(御大典雛)


明治天皇雛(御大典雛)
「明治初期から明治天皇を題材に衣裳天皇が作られ、皇后様とともに雛としても用いられるものもありましたが、天皇神格化の推進によって作られなくなりました。また名称を天皇様一人の場合は、大礼服人形と変えたものもありました。


皇太子・雅子様雛
 昭和の雛人形ですね。

 手前には雌雄一対の犬筥(いぬばこ)(犬張子)が置かれています。
 これは犬型の張子細工で、安産のお守りや幼児の魔除けとして蚕室に置かれていました。宮中では今でもお払いや身代わり人形が受け継がれており、敬宮愛子内親王ご誕生の折も産室には「犬筥」と「天児(あまがつ)」が飾られたそうです。(天児は、身の穢れを人形に移し魔除けをはかる昔からある素朴な信仰人形で、雛人形の始まりのひとつと考えられているようです。)


雛の道具
 別の部屋にはたくさんの雛の道具が並べてありました。


 子どもならずとも「私も欲しい」と思われる女性も多いのではないでしょうか。


 かんざしなどの髪飾りもたくさん収集されていました。


 こちらは台所道具です。


 明治時代には関西地方を中心に雛の台所道具が流行したそうです。
 当時の道具は現在のプラスチック製と違って、すべて木や竹など自然の材料を使った手作りです。


 明治時代から昭和前半までは遊園地やおもちゃは数少ないものでした。子どもたちは買ってもらった道具や、あるいは手作りの道具で一日中ままごと遊びを楽しんだのでしょうね。



   

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