九州あちこち歴史散歩★久留米大善寺玉垂宮鬼夜(火祭り)(1)          サイトマップ

 久留米大善寺玉垂宮鬼夜(火祭り)(1)

   毎年1月7日の夜、久留米市の大善寺玉垂宮で日本三大火祭りの一つである「鬼夜」が行われます。
 昔、宮中で清らかな新年を迎えるために大晦日の夜に邪悪な鬼を追い払った追儺
(ついな)の神事が連綿と続いてきた行事であり、「鬼夜」は1月7日まで続く鬼会(おにえ)神事の最終日の夜に行われる追儺の火祭りです。大善寺玉垂宮の「鬼夜」は1,600年もの昔から、天下泰平、五穀豊穣、家内安全などを祈願して行われており、国の重要無形民俗文化財に指定されています。(太宰府天満宮で1月7日夜に行われる「鬼すべ」や、全国で行われる節分の豆まきも追儺の行事です。)
 正月7日の夜8時ごろから12時ごろまで行われる行事であり、日本一の大きさといわれる六本の巨大松明
(たいまつ)が燃え上がる壮大な火祭りですが、寒がりの私は真冬の夜の寒さを考えるとこれまで見物に行くのに二の足を踏んでいました。しかし、この日は穏やかな天気だったこともあり、いつまでもぐうたらの正月気分ではいかんぞ、と一念発起して十分な厚着をして出かけました。(行事は雨天でも実施されます。)
 夕方5時半ごろ玉垂宮に着きましたが、数百台駐車できる第一駐車場はすでに満杯で、歩いて10分くらい離れた地点にある大善寺小学校(第二駐車場)に駐車しました。(この日は玉垂宮への参拝者は小学校庭に駐車可能でした。)

 鬼夜(火祭り)の詳細は 大善寺玉垂宮鬼夜のホームページ に掲載されています。





久留米市の大善寺玉垂宮

 夜6時過ぎ、あたりはすでに暗くなっています。
 周辺はすでに多くの見物人が集まっていて、夜店などを楽しんでいました。
 玉垂宮の境内は1万5千平方メートルもの広さがあるそうです。



玉垂宮の惣門

 玉垂宮の堂々たる惣門



玉垂宮本殿

玉垂宮本殿。
 祭神は玉垂命(たまたれのみこと)、八幡大神、住吉大神の三神。(久留米市の南東にある高良大社と同じ祭神。)
 神紋は「左三つ巴」。
 創建は古く、およそ1900年前の創祀と伝えられているそうです。(卑弥呼の時代より古い!)
 神宮皇后の朝鮮出兵の後に玉垂命(籐大臣(とうだいじん)、高良大明神とも呼ばれる)がこの地で亡くなり、墓が作られました。奈良時代に祭神を祀り、一宇の精舎が作られました。平安時代に嵯峨天皇より高良大菩薩の号を受け、「大善寺」と改め、最盛期には社領三千町、宿坊45坊を有していたそうです。
 大善寺の玉垂宮は寺院と神社がいっしょに祀られた神仏習合の神社でしたが、明治2年(1869)の廃仏毀釈で大善寺は廃され、玉垂宮のみが残りました。往時の遺構である鐘楼や阿弥陀堂(鬼堂)、旧庫裡などが神仏習合の面影を残しています。

 神仏習合は多くの寺社で見られました。奈良、平安時代には天皇は国の平安を祈って寺を創建し、また長久除災を望んで熊野(神社)詣でなどを続けました。神々は釈迦が化身して衆生を救うために顕われたものである(本地垂迹説)という説や、その反対に釈迦は神が姿をかえてこの世に顕われたものであるとの説などが主張されました。どちらにしても神も仏も同体であるとの考えが広がり、併存していました。
 明治政府は神道で日本をまとめていこうとして、長年にわたって混然と信仰されていた神と仏を法令によって区別し、分離しようとして一連の「神仏分離令」を発布した。これは仏教を排斥しようとしたものではなかったが、あっという間に全国に広まり、廃仏毀釈運動に発展し、全国の仏教寺院が破壊された。その理由として、明治維新はその原動力となった勤皇の志士たちの国粋思想が主流となっており、旧体制下の宗教も攻撃の対象となったこと、また庶民は江戸時代の檀家制度により、幕府の庶民管理の一翼を担わされた寺院に対する反感が強かったことなどがあげられます。
 神仏習合の底流は現代も続いていて、私たちは正月には神社に初詣、お葬式はお寺さんでという生活をしごく当然のことと受け止めています。
 



玉垂宮の鬼夜は日本三大火祭りの一つ

 玉垂宮の鬼夜の火祭りは、六本の巨大な松明で有名で、日本三大火祭り(他の二つは鞍馬の火祭り、那智の火祭り)の一つといわれています。
 玉垂宮の鬼夜は、もとは大善寺の修正会(しゅしょうえ)の行事でした。

玉垂宮鬼夜のいわれ
 仁徳天皇の時代(368)1月7日に勅命により籐大臣が周辺の人民を苦しめていた賊徒、肥前国水上の桜桃沈輪(ゆずらちんりん)を、闇夜に松明を照らして探し出して退治したことに由来するという。



境内の夜店

境内にはたくさんの夜店が出ていました。



境内に準備された巨大松明

 神社の境内には6基の巨大松明が置かれています。
 これは4日に数百人の氏子が参加して作った松明で、直径1メートル、長さ13メートル、重さ1.2トンの巨大なものです。こんなに巨大な松明は見たことがありません!!

 この巨大松明は芯に大きな孟宗竹を3本重ね、その周囲に笹竹を重ね、さらにその上に直径3,4センチほどの真竹で包んであり、頭部には枯れた杉の葉が差し込んであります。
 頭の方、根元の方には七回、五回、三回と縄を掛け男結びにし、胴を縛る縄は2回結びで365本だそうです。

 



巨大松明と「かりまた」の棒

 頭部に立てかけてある棒は、先が二股になっていて巨大松明を支え上げるのに使用します。「かりまた」と呼ばれる樫の棒だそうです。



6基の巨大松明のグループごとの焚き火

 7時過ぎ、玉垂宮のすぐ近くの川では六つのグループ(地区)ごとに焚き火がたかれ、祭りに参加する氏子の皆さんがすでに裸姿で集合していました。
 腹巻に「へこ帯」姿で、ほとんど裸みたいなもので、7時ごろから深夜の12時ごろまでこの姿で行事にずっと参加するそうです。足元は黒足袋に草鞋(わらじ)、または黒の地下足袋姿です。
 今夜はありがたいことに風もなく穏やかな天気ですが、それでも気温は3度前後と思われます。よほど気合を入れないと寒さに負けてしまいそうですが、若い皆さんは平気のようです。すごいなあ!!



元気な親子

 親子連れで参加されていました。
 子どもはちょうど2歳で、去年もいっしょに参加されたそうです。生粋の久留米っ子ですね。



手に手に持つ大松明

 氏子の皆さんは手に手に長さ2メートル程の大松明を持っています。



元気な親子

 元気のいい家族です。
 鉢巻は全員玉垂宮の神紋である「左三つ巴」です。



元気な子ども

 子供たちも元気に参加しています。子どもも大きな松明を持っています。



「汐井かき」に出発

 午後8時ごろ、一番松明組が「オイサッ、オイサッ」の掛け声と共に出発し、社殿と広川の間を松明を掲げて往復する「汐井かき」が始まりました。
 
(これより前に、20人ほどの氏子が川に入って禊を行い、神前に供える清水を汲む「汐井汲み」が行われたようです。)





仲のいい兄弟も出発を待っています。

 兄弟で参加しています。お兄ちゃんはしっかりと弟の手を握ってエスコートしています。
 日常生活では兄弟喧嘩も絶えないでしょうが、このような身震いするような寒さの中に兄弟二人で置かれると、助け合うことも覚え、兄弟のありがたさもわかっていくことでしょうね。
 二人の子どもは寒い中に放っておかれているわけではありません。大人が並んで火に当っているところは、子どもには熱すぎるのです。写真を撮っている場所でも焚き火の暖かさが伝わってきました。(もっともこれからの「汐井かき」に備えて「力水」を飲んでいる人もありますが・・)



社殿と禊場を往復する「汐井かき」が始まった。

 次の組が出発しました。



子供たちも大きな松明を持っています。

 子供たちも大松明を手にしています。
 ここでは火が危険だから触るなとはいわず、子どもにも松明を持たせて火祭りの神事を教えています。
 子供たちも一人前に扱われてうれしいでしょうね。



「汐井かき」は火の帯が続きます。

 次々に社殿を目指して出発していきました。
 手に手に大松明を持ち、まるで火の帯です。



先頭は「手々振」の提灯を持った責任者です。

 先頭は「手々振」の提灯を持った責任者です。



鬼を追い出す役の「シャグマ(赤熊)」の少年。

 この少年は「シャグマ(赤熊)」の役です。今は、感心なことに見物人の整理をしていました。
 シャグマはこの後、鬼を追い出す大事な仕事をします。



「汐井かき」の大松明

8時から約1時間ほど、境内を大松明を手にした隊列が進みます。



子供たちも大松明を持つ。

 子供たちも火傷しないように気をつけながら進んでいます。



極寒の冬の夜、親子の濃厚なスキンシップです。

 祭りが始まると幼児といえども裸です。お父さんにぴったりと抱きついています。これほど濃厚な親子のスキンシップもあまりないでしょう。この幼児は足も正式に草鞋(わらじ)をはいていました。気合が入っていますね。



大松明の火の帯が続きます。

 社殿と禊場の間を2回ほど往復します。



この大松明でも十分に迫力があります。

 この松明でも十分に迫力があります!!



元気な親子。りりしい表情ですね。

 りりしい表情ですね。



巨大松明のある場所に各組の氏子が入ってきました。

 9時ごろ、「汐井かき」が終り、各組が巨大松明のある場所に入ってきました。



9時前、さあ、そろそろ巨大松明に点火?

 いよいよ巨大松明に点火? と期待したら・・



9時に境内のすべての灯りが消され、松明の炎も木の枝葉で消された。

 夜9時、境内のすべての明かりが一斉に消され、まわりは暗闇となりました。
 点火に使う松明も木の葉で炎を消されました。



巨大松明の頭部に上り、灯油をかける若者。

 巨大松明に若者が上り、灯油をかけています。いよいよ点火も近いようです。




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