九年庵に行く途中に「伊東玄朴旧宅」があります。 伊東玄朴は江戸時代後期にここで生まれ、漢方、蘭学を学び、長崎でシーボルトに師事し、後に西洋医学の父と称された人物だそうです。 九年庵に隣接する仁比山神社の境内を少し下ったところに「地蔵院」があり、その周辺にもみじの大木が集まっていて、上空が朱に染まっていました。 |
シャトルバスの停車地近くには清流の城原川が流れています。 |
背振山の南麓の奥まった山里に九年庵があります。 奥の左側一帯が九年庵、右側一帯が仁比山神社境内になります。 |
この九日間に多くの見物客が押し寄せますので、広場には食べ物の出店や猿回しが開かれていました。 |
待機場所の広場から九年庵までは歩いて数分です。 たくさんの人が来ていました。 |
西洋医学の父・伊東玄朴の説明文 玄朴は完成12年(1899)にここで生まれ、長崎でシーボルトに学び、佐賀藩主鍋島直正公の御匙医となり、わが国最初の種痘接種に成功したそうです。 後に、徳川十三代将軍の奥御医師になり、西洋医学所(後の東京大学医学部)を創設したとあります。 新しい分野を開拓していくことは大変な努力と意志の強さを要したことでしょうね。 |
伊東玄朴旧宅の苔庭 |
地蔵院の御本尊は千手千眼観世音菩薩で、この九日間は半開帳されているそうです。 |
地蔵院境内やその周辺にはもみじの大木が集まって、みごとな紅葉でした。 |
銀杏も負けじと黄色い葉を輝かせていました。 |
この日は気持ちのいい快晴で、境内の上空は朱や黄、緑に染まり、宇宙の星雲にも劣らぬ美しさの紅葉を堪能することができました。 |
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