九州あちこち歴史散歩★久留米・高良大社の「久留米つつじ」原木群                   サイトマップ

久留米・高良(こうら)大社の「久留米つつじ」原木群

   久留米の高良大社は4世紀の創建で、筑後国一の宮です。御祭神は正殿が高良玉垂命(たまたれのみこと)(神功皇后の家臣、武内(たけのうち)宿禰(すくね)説のほか多数の説がある)で、左殿は八幡大神、右殿は住吉大神です。

 高良山(312メートル)は東西に30キロほど連なる耳納山系の西端に位置し、高良大社は高良山の西側の中腹にあります。眼下に筑紫平野、佐賀平野を一望でき、戦略的な要衝であることから、当地周辺をめぐる戦いにおいて歴代の諸将がここを陣所としました。
 諸将には、景行天皇、筑紫君磐井、懐良親王、立花道雪、高橋紹運、大友宗麟、島津忠長、豊臣秀吉などが含まれます。

 また、高良山には神籠石
(こうごいし)(朝鮮式山城の石垣)が中腹にあります。

 高良大社の境内に、世界に広まっている「久留米つつじ」の原木群があります。
 江戸時代にこの原木群の種子を採り、品種改良を重ね、「久留米つつじ」として全国に広まっており、今では世界のあちこちでその美しい花を見ることができるそうです。
 高良大社のつつじの開花の時期は4月中旬〜5月上旬、最盛期は4月下旬頃です。

 詳しい内容については 高良大社公式HP に掲載されています。



高良大社入口




高良大社入口




高良大社の由緒




高良大社入口周辺のつつじ

   大社入口の周辺、道路の両側にも多くのつつじが咲いています。



高良大社境内の久留米つつじ




高良大社社殿

   現在の社殿は万治3年(1660)の造営で、権現造りです。



高良大社社殿




「吽」の狛犬
「阿」の狛犬
   
 本殿前の狛犬。右が「阿」、左が「吽
(うん)」です。



高良大社本殿

   本殿。



高良大社からの筑紫平野の眺望




高良大社からの筑紫平野の眺望

   境内の展望台から筑紫平野、佐賀平野が一望できます。
 春は霞んでいる日が多いが、中央には東西に筑紫平野を潤す筑後川が流れています。





高良大社境内の久留米つつじ

   境内にもつつじが多い。



  高良山中腹に残る神籠石の説明板




廃仏毀釈運動で手水舎の大水盤に転用された「八葉石の碑」

   江戸時代に建てられた「八葉石の碑」がうち捨てられ、後にこの手水舎の大水盤に転用されたようです。明治初頭に神仏分離令が出され、全国的に廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、多くの仏像、寺院、施設などが破壊されました。
 江戸時代までは本地垂迹説(八百万の神々は仏が姿を変えたものという説)やその逆の説などにより神仏習合の風潮が強く、仏様と神様が混然としていました。現在でも大寺院の中に神社やお稲荷さんがあったり、神社のなかに寺があったりするのはそのなごりと思われます。



  高良大社の周辺地図
   
 この地図は左側が北で、高良大社の周辺を耳納スカイラインが走っています。
 高良大社から東に5分程走ると、「久留米森林つつじ公園」があり、美しい久留米つつじを堪能できます。



「久留米つつじ」原木群の説明板




高良大社の「久留米つつじ」原木群

   「久留米つつじ」の原木群。
 樹齢300年の古木が約200株生えているそうです。これを品種改良して、現在全国に広まっている「久留米つつじ」ができたのですね。
 



高良大社の「久留米つつじ」原木群




  「久留米つつじ」原木群の説明板




高良大社の「久留米つつじ」原木群




高良大社の「久留米つつじ」原木群




高良大社の「久留米つつじ」原木群




高良大社の「久留米つつじ」原木群




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